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60年3月上野


60年3月改正でそれまで、大宮始発だった東北・上越新幹線が上野まで開業した。北の玄関口として復活した上野駅だったが、在来線の長距離列車の多くは姿を消した。

私は、改正の前日と当日、上野駅に行って、移り変わりの様子を追ったので、ここに紹介する。


 

最終日の「やまばと」。

「つばさ」の上野乗り入れは残ったが、「やまばと」はこの日で最後であった。

(昭和60年3月13日)

 

「白根」は、翌日から「新特急草津」となるため、ひっそり消えた。個人的に作ったものだろうか?

(昭和60年3月13日)

 

最終日の急行「佐渡」。

「とき」はすでに消えていたが、急行「佐渡」この日が最後だった。これも自作のヘッドマーク付き。。

(昭和60年3月13日)

 

 

57年11月改正で「いなほ」は新潟発となり、1往復は「鳥海」として残った。

そして、その「鳥海」もこの改正で消えた。最終日は583系だった。

(昭和60年3月13日)

 

列車番号から判断して、急行「まつしま」だろうか?

この改正で急行「まつしま」「ざおう」などが消えるのだが、急行型電車は、仙台周辺で使用されることとなるのだが、短編成かするため、先頭車改造を行っていた。写真の車両は先頭車改造された車両で、上野に顔を出すのは最初で最後ではないだろうか?

(昭和60年3月13日)

 

元祖近郊電車の401系。つくば万博のため生き延びた車両。ホームの反対側のドアを開けサボを返しているのだろうか?今ではこのようなことは行われていない。

(昭和60年3月14日)

 

上野駅に到着した上り最終の「天の川」。立派なヘッドマークだがこれもマニア氏の自作だろう。

(昭和60年3月14日)

 

この日から新特急なる列車が登場した。これは「新特急なすの」の出発式の様子。

(昭和60年3月14日)

 

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