
京王6000系の時代
京王の名車なら5000系ということに異論はないが、6000系は私が物心ついた頃に登場したため、その後は6000系がメインの時代だった。その時代の写真を紹介する。
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高尾山口駅に停車している2010系4連。4両すべてが先頭車だ。翻って2002年現在、高尾線は4両編成に戻っている。 (昭和58年10月) |
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新宿駅で発車を待つ特急。シーズンはこのように2本が1分続行で走っていた。間には、後続の特急のヘッドマークが用意されている。 (昭和58年10月) |
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分倍河原を通過した「迎光」。朝日を浴びいい雰囲気。 実はこの写真、大いに気に入り、翌年の年賀状に使った。6707と言うのも通好み。 (昭和59年1月) |
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2010系を最後に京王線から緑色の電車が消えた。これは2010系のさよなら運転。京王よみうりランド。ホームで赤旗を持つ駅員の制服も懐かしい。 線路の間に昇降台が見える。このころは帯泊車両があったのだろう。 (昭和59年11月) |
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シーズンダイヤの競馬開催日の高幡不動-京王八王子折り返し特急だと思う。2連を2編成つないだものだ。 (昭和59年11月) |
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新しい高尾のヘッドマークの写真はないと思ったのだが、見つかった。高幡不動にて。 (昭和59年11月) |
| 昭和59年、待望の新車7000系が登場した。写真はその姿を桜上水に見に行って写したもの。左側の庫は今はない。
カメラを構える人が多い。写真の中に、若かりしあなたはいないだろうか? (昭和59年3月) |
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この頃になると、ハイキング特急は6000系となった。ヘッドマークも新しくなり、小さくなった。 以前のヘッドマークと比べて安っぽくなった感じがしたのは私だけだろうか。。 (昭和58年5月) |
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高幡不動に停車中の特急高尾山口行き。分割特急だろうか? (昭和60年4月) |
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新宿で発車を待つ6000系特急「迎光」。
6455は最近廃車になった。 (昭和59年1月) |
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友人宅から撮影した6000系「高尾」。トップナンバーだ。 (昭和55年4月) |
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井の頭線はすでに3000系の天下だったが、朝のラッシュ時にはグリーン車が走った。この日はわざわざ朝に出かけグリーン車の撮影に高井戸へ向かった。普段見慣れた京王線のグリーン車と似ているので、変な感じがしたものだ。今ネガを振り返ると3000系の写真がほとんどないのに驚く。 |
| この頃はすでに行き先表示札を車内に掲出していた。
古い形の番線表示がいい感じだ。 (昭和58年5月) |
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昭和58年は京王線開通70周年記念だった。記念ヘッドマークをつけた列車を追っていたが、都営線直通の快速は「花菖蒲祭り」のヘッドマークをつけていた。
相模原線は多摩センターまでで、都営新宿線は東大島までであったのが分かる。ただし、快速の乗り入れは岩本町までであった。 (昭和58年6月) |
| 昭和58年当時、優等列車はほとんど6000系であった。写真は京王線70周年井の頭線50周年のヘッドマークを付ける急行新宿行き。
6000系の優等自体,懐かしいが、スカートのない6000系、分割のない多摩動物公園行きも今はない。 場所は高架前の府中駅。これまた懐かしい。 (昭和58年6月) |
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調布に到着した調布止りの各駅停車。
何気なく撮影した1枚だが、写しておいてよかったと思える1枚。 調布駅は府中と違いあまり変わっていない。 (昭和58年6月) |
| 2700系のさよなら運転。京王よみうりランドに進入するところ。
写真は結果として流し撮りになったもの。。 (昭和56年11月) |
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