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高崎第二機関区


第一だか、第二だか忘れてしまったのですが、電気機関車の方は第二でした。(しもやまさんに教えていただきました。)このときは八王子から八高線を乗りとおして行ったのを思い出した。


 

EF15は、私の地元の南武線では貨物を引いていたのでよく見ていた。なんとも思ってなかったのだが、いざなくなるとなると、愛着が湧いてくる。

(昭和62年4月)

 

この車両は、10年ほど高崎にいたが、今は無事、鉄道文化村に移ってるはず。

(昭和62年4月)

 

EF62のトップナンバー。こんにちはJR東日本のヘッドマークをつけているが、曲がっている。

(昭和62年4月)

  

一大ブームが、終わった後、ゴハチはイベントの目玉だった。172は最後まで宇都宮にいて、我々は「イナニ」と呼んでいたのを思い出した。

(昭和62年4月)

 

非貫通の機関車は、覚めた顔の感じがします。貫通型はイカツイのがいいのですが。

500台と「サロンエクスプレスそよかぜ」の組み合わせはあったのだろうか?「あさかぜ」は、やはり落ち着いて見れます。

(昭和62年4月)

 

こちらは、ロクサンのトップナンバー。

(昭和62年4月)

 

客車も1両止まってました。客車はあまり興味がなかったので、詳細は分かりません。

しもやまさんのご教授によると3軸ボギーだそうです。

(昭和62年4月)

 

64の試験塗装。国鉄からJRに変わってから塗装を変えるのが流行したが、これは、あんまりかっこよくないですね。

(昭和62年4月)

 

ともに、EF60。右はお座敷用の塗装だっただろうか?ブタッパナが惜しいですね。

左は、やはり絵になります。

(昭和62年4月)

 

ブルトレのヘッドマークが復活したとき「ゆうずる」はEF81だった。私にとってヘッドマーク月のハチマルは新鮮だった。

(昭和62年4月)

 

わたらせ渓谷鉄道も、JRだったんですよね。小ぶりのヘッドマークがいい感じです。

(昭和62年4月)

 

 

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